社会の窓からこんにちわ

長文のエントリーが多いので、休み休み読んでいただくのがいいかと思います。
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【2015.04.27 Monday 】 author : スポンサードリンク | - | - | - |
ワールドカップ記念◇サッカーによく似たスポーツ。
バイト先を含め、少なくとも周りでは、ぼくを除いてたいがい盛り上がっているサッカーワールドカップ。
ロクにルールも知らないぼくのような人がどうこう言う話じゃないのはわかっているが、一点だけ言わせていただきたいことがある。


サムライブルーって何だ。


もう言いたいのはそれだけである。
サムライブルー
もう一回言ってみた。
日本代表のイメージカラーなんじゃないかってのはわかるが、なんでサムライなのか。ほとんどの国民が、先祖はお侍じゃないっていうのに。
サムライブルー」といわれると、憂鬱そうなお侍の姿が思い浮かんでしまいやしないか。それはぼくだけなのか。



サムライに限らず「悲劇」とか「戦士」とか「守護神」とか、気付けばサッカーの劇的ぶりは大変なことになっている。
そのうえシュートが決まったら、アナウンサーが
「ゴォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーール」
と叫ぶのだ。
ものすごい劇的ぶりだと言える。

Jリーグ発足以前、国民的中毒スポーツの王座にあった野球でも、そこまで酔いしれてなかったように思う。
まあ野球も全く詳しくないので推測だが、すくなくとも今のサッカーのように、興味ない人の耳にまで大げさな表現は入ってこなかった。
そういう劇的表現は、長嶋あたりのほんとうに特殊な人にのみ許されたものだったはずだ。
ここ数年で「劇的」が本当に安くなったことを勘定に入れても、やっぱりサッカーの「劇的」大安売りは、従来のスポーツ表現の本道から外れているんじゃないか。


……と、そういう流れで考えてみたとき、じつは現在のサッカーのありようは、プロレスのそれにより近いんじゃないかということに思い当たった。
考えてみれば、ジャンボ鶴田のジャンピングニーパットが決まったときにアナウンサーが
「ジャァァァァァァァァンピングニィィィィィィィーーーーーーーーー」
と叫ぶのは、
「ゴ(中略)ール」
と同じだ。
「伝説」「戦士」「革命」といった表現の劇的ぶりも重なるし、選手に「皇帝」だの「黒豹」だのと異名がつくのは「生傷男」とか「人間山脈」なんかと同じ意味だろう。

そう考えたらワクワクしてきたな。
誰かサッカー漫画「サッカー・スターウォーズ」描いてくれないだろうか。
敵チームの反則攻撃に、満場の子供たちが
「うわぁぁーん、中田さんが死んじゃうよぉーーーーッ」
と泣くような内容でどうか。
その後、鬼のような形相の釜本が現役復帰してきたり……って、何を言ってるのかわかんない人は「みのもけんじ プロレス」でググってごらんなさい。

なるほど、サッカーはスポーツである以上に興業なのかもしらん……とか言い出すと、必要以上に怒られそうな気がするので、そのへんはスルーで。


と、劇的問題にはケリがついたところで話を戻すが、サムライってのはやはりどうかと思うのだ。心の中で気取るには構わないが、キャッチフレーズにするというのはやっぱり選手も恥ずかしいんじゃないか。

ここはひとつ、サムライに換えて

「ニンジャ」

でどうだろう。
イメージカラーも黒にして

「ニンジャブラック」

とか言ってみると、その強そうなことといったらない。
侍よりもむしろ世界的に認知度も高いし、いいと思うのだが。

って、サムライブルーだニンジャブラックだと言ってると、ちょっと戦隊ものみたいだな。
テンプライエロー
【2006.06.14 Wednesday 21:46】 author : 猫パンチ | 不謹慎な話題 | comments(11) | trackbacks(3) |
三つ子の魂◇五ヶ月ぶりの言い訳。
お久しぶりです。
はじめに断っておくが、この記事、mixiに今日書いた日記のほぼコピペだ。
久々の更新だというのにこの仕打ち

どういう話かというと、小学校〜中学校までの通知表を読み返してみたところ、担任からのコメントの傾向が驚くほど一致してることに気がついた。
毎年担任は変わるにもかかわらず、言われることは一緒。
ちょっと皆さんにも見ていただきたいと思って書いたものだ。

どうして復活一発目がこの記事なのか、それは読んでもらえればわかると思う。
ではどうぞ。



★小2(8歳)
「学習態度は、私語多く、話をよく聞けず、作業のとりくみが悪いのがとても残念です」(一学期)

「二学期は力がやや落ちました。原因は聞く能力は優れているのに、話を聞かないためと、私語して作業にまじめにとりくまないので、時間内で終わらなくなり最後の仕あげが不充分のせいと思われます」(二学期)


★小3(9歳)
「気分により学習態度にムラがある」(一学期)

「真剣な取り組みの様子が少なく、長続きもできません」(二学期)


★小4(10歳)
「学習中の手遊びが多く、聞きそこなってテストなど失敗することが度々あります」(一学期)

「宿題忘れや、学習道具をもたないことが多く、机の中や上は、整理ができず乱雑です」(二学期)


★小5(11歳)
「人の話を聞く態度がまだまだのようです」(二学期)


★小6(12歳)
「忘れ物が非常に多く、毎日のように注意を受けることがありました」(一学期)


★中1(13歳)
「個性的でのびのびしていますが、課題忘れ(社会・数学など)等があります。ややルーズな面を直すようにさせてください」(一学期)


★中2(14歳)
「マイペースでやるのもよいが、そろそろ本気で学習に取り組んでほしい」(三学期)


★中3(15歳)
「テストにより教科により点差が大きいようです。日ごろの着実な学習が今一歩足りないようです」(一学期)

「日頃の生活態度では課題忘れ、作品未提出など忘れ物が目だつようになり残念です」(二学期)



小中通じて、ほぼ同じことを毎年毎年言われ続けているのがよくわかるな。
先生、よく見てた。

要するに人の話をまじめに聞かない、提出物を出さない、集中力がない。
ないないづくしである。
成績も国語以外はおおむねダメで、もうほんとに劣等生と言ってよかったと思う。


告白するが、いまだに

「学校に行ったはいいが、今日提出しなくちゃいけないもの(宿題とか課題とか)が全くの手付かずで困る」

というを時々見る。
36歳にもなって、もうそういうものから開放されて15年はたつというのに、いまだにそういう夢を見る。
目が覚めて、夢だとわかったときの安心といったらないが。


で、小中通してこうだということは、性格の基本がこうだということだ。
そりゃ締め切りにも遅れたり、ブログも復活するといったまま放置してたりするよな。


……と、ここまで読めばもうわかったと思うが、ブログ放置の言い訳エントリーなのであった。
でもほんとに復活はしますよ。


なお、お知り合いのかたでmixi参加希望のかたは、プロフの宛先にメールください。招待メール差し上げます。
【2006.06.11 Sunday 23:52】 author : 猫パンチ | 雑談 | comments(8) | trackbacks(0) |
ランド・オブ・ザ・デッド◇死人の下克上。
ランド・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット
ランド・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット
<2005年/アメリカ/93分>


■スタッフ■
脚本・監督:ジョージ・A・ロメロ
製作:マーク・キャントン、バーニー・ゴールドマン、ピーター・グルンウォルド
製作総指揮:スティーヴ・バーネット、デニス・E・ジョーンズ
撮影:ミロスラフ・バシャック
編集:マイケル・ドハーティ
音楽:ラインホルト・ハイル、ジョニー・クリメック
特殊メイク効果監修:グレゴリー・ニコテロ
視覚効果スーパーバイザー:ジェフ・キャンベル、ジョン・カンフェン、アンソニー・パターソン
特殊効果スーパーバイザー:ブロック・ジョリフェ、ジェフ・スコッコ
デジタル効果スーパーバイザー:ダグ・キャンベル
VFX:KNBエフェクツ・グループ、スピンVFX、スイッチVFX、JMSスペシャルエフェクツ

■キャスト■
サイモン・ベイカー Simon Baker(ライリー)
ジョン・レグイザモ John Leguizamo(チョロ)
デニス・ホッパー Dennis Hopper(カウフマン)
アーシア・アルジェント Asia Argento(スラック)
ロバート・ジョイ Robert Joy(チャーリー)
ユージン・クラーク Eugene Clark(ビッグダディ) ほか


ロメロのゾンビが帰ってくる。
その報を聞いたとき、いちばん気になったのは、
「それはリビングデッド3部作の続編に当たるのかどうか」
という点だった。
あの大好きなサーガの新しい一編なのか、それともまったく新しい世界を組みなおそうとしたのか、それによって見方や評価が変わってくると思ったからだ。

制作時点での仮タイトルが「Twilight of the dead(死者の黄昏)」だったそうで、そこからすると「night」「dawn」「day」と同じ世界の話だと考えていいと思われる。
観終わった印象から言うと、いちばんぴったりくる位置づけは「外伝」なんだけども。

地上にゾンビがあふれ出したため、人々は砦と川に囲まれた狭い土地で暮らさざるを得なくなっている世界。
街の中央にはきらびやかな高層タワーがそびえ立っているが、タワーに住んで安全・快適に暮らしを営めるのは、ひと握りの金持ちだけ。多くの人々はタワー周辺のスラムで暮らし、街の支配者であるカウフマン(デニス・ホッパー)に使役されるだけだった。

主人公のライリーたちスラムの住人は、ゾンビの徘徊する、砦の外の町に襲撃をかけ、物資をさらってきてはタワーに納品して日銭を稼ぐ危険な仕事で生計を立てていた。
ライリーの仲間の一人であるチョロは、タワー住人になることを夢見てカウフマンに物資を貢いだりしていたが、利用されているだけだったことに気付いて逆上。ゾンビ撃退用重装甲トレーラー「デッド・リコニング(死の報い)号」を強奪し、カウフマンに牙を剥く。
カウフマンはライリーにチョロ退治を命じるが、ライリーは従うそぶりを見せつつ、別の思惑を抱いていたのだった。
そのころ外の世界では、わずかに知性を宿したひとりのゾンビ「ビッグ・ダディ」に率いられた死者の軍団が、街をめざして行進していた……


そのルックスが役名にあんまりしっくり来ていたので、今後ジョン・レグイザモのことは「チョロ」と呼ぶことにしたい。ハリウッド版永世チョロ決定。

ということで、今回、ゾンビのリーダーである勇者ビッグダディ(それはゆでたまご←誰がわかるんだ)は知恵をもっている。
銃や道具も使えば泳ぎもする賢いゾンビで、どうしてそうなったのかは描かれていないが、いわばニュータイプだ。ルックス的にはアムロでなくてリュウ・ホセイだが……ってそっち方面に脱線すると話がややこしくなるので割愛。

風呂上りのゾンビたち。
先頭の人がビッグ・ダディ。


ゾンビを殺すために作られたゾンビカー(by哀川翔@『牛頭』)であるデッド・リコニング号、『ドーン・オブ・ザ・デッド』に出てきたものの強化版といったおもむきで、終盤までかなり頼もしい活躍を見せてくれる。
尺玉花火を打ち上げるという賑やかな機能も有しているので、慶事にも使えて便利だ。
ホラー映画において、こういう頼もしい文明の利器は、ちょっとした不手際ですぐ役に立たなくなってしまう(もしくは逆に障害になる)ことの多い印象があるが、今回はそういうこともなく、ゾンビの群れをミサイルで撃滅、という胸踊るシーンも拝ませてくれた。

「そんなに強くちゃゾンビなんて怖くないんじゃないの?」
そんな意見も当然出てくると思うが、正直なところその通りで、今回ゾンビはあまり怖くない。
じゃあ何が怖いのかというと……といつもなら書くところだけど、残念ながらこの映画に怖い要素はあんまり入ってないのだ。
なぜならば、本作で描かれているものは、恐怖じゃなくて反逆だから。


気付いている人も多いと思うが、ロメロのゾンビ映画に必ず含まれているものがある。
「おもしろ半分にゾンビを狩る人々」というモチーフだ。
人間の残酷な面を観客に突きつけるそのシーンを、多くの観客は、人のもつ恐ろしい一面として受け取ったはずだし、ロメロがそんな場面を挿入した狙いもそういうところにあったんじゃないかと思う。
「この映画で本当にいちばん怖いのは、はたしてゾンビか?」と。

で、そうしたゾンビ狩りを楽しむ人々は、たいがいの場合、逆にゾンビに襲われむさぼり食われてしまっていた。
いわば因果応報を暗示してたわけだが、今回の映画では、それが明示になっていた。どういうことかというと、これまでのゾンビの逆襲はなし崩しだったが、今回のは明らかにゾンビの意志によるものなのだ。

『死霊のえじき(DAY OF THE DEAD)』に登場したバブの流れを汲む、知性を持ったゾンビであるビッグ・ダディは、仲間のゾンビが人間に蹂躙されたのに怒り、復讐のためにゾンビを率いて街を目指す。
復讐といってもそこはゾンビ、生きてる人なら手当たり次第に襲うため、平和に暮らしていたスラムの一般市民はまっさきに血祭りに上げられていくわけだが。
金持ちからもゾンビからも苦しめられるスラム住民にとっては大いに迷惑といえるが、ゾンビにしてみれば、街で暮らしてるやつらは全部仲間という認識だろうから仕方がない。


ここでちょっと整理してみると、人間側では、しいたげられた貧民が金持ちに反逆。
いっぽう、金持ちも貧民もひっくるめた人間全体に対し、しいたげられた死者がさらに反逆するというのが、この映画の図式だ。
ロックンロールな言い方をするなら、暴動の映画だといえるだろう。
ちなみに映画の暴動は『爆裂都市』であるが、って関係ないですね。

ただ、そういう映画になったおかげで失ったものもある。
ゾンビの怖さだ。

ゾンビがどうして怖いのか、人によって感じ方はいろいろだと思うが、「人格がない」という点は大きいんじゃないだろうか。
人の形をしているが、意思のないものが、自分を食べるためにじりじり近付いてくるのだ。怖がらないほうがどうかしている。

今回ゾンビは、反逆のために知恵や人格、怒りという感情を持ってしまったが、それがかえってゾンビ特有の恐ろしさを消してしまったといえる。
ゾンビの姿をしているが、ゾンビでないものという感じだ。
だからこの映画は、ロメロのゾンビ映画が好きな人であればあるほど、怖さを感じないと思う。
ラストも珍しく希望あふれる終りかただし。


ところで知恵をつけたゾンビたちは、これからどこへ向かっていくんだろうか。
ビッグ・ダディのような知恵のあるゾンビが増え、やがて逆に人を支配していくのかもしれない。
そしてそんな未来の地球に、過去からのロケットが到着し……って、そんなどっかで聞いたような話にはならないと思うが。
タイトルは『PLANET OF THE DEAD(死者の惑星)』でどうだ。
もはや恐怖映画でもなんでもないといえる。

<余談>

ロメロもお気に入りだという『ショーン・オブ・ザ・デッド』の監督、エドガー・ライトと主演のサイモン・ペッグが、そろってゾンビ役でエキストラ出演しているらしい。
クレジットでは「Photo Booth Zombie」となってるんだけど、どこらへんの場面にいるのかさっぱりわからない。
トム・サビーニは顔が目立つからすぐにわかったんだけどな。


追記@2006年1月29日


今回「進化するゾンビ」像が提示されたわけだが、じつはこの映画では、けっこう重要な問題が棚上げにされている。
ゾンビが知恵をつけ、感情を持った場合、その感情は生前のものと同じなのかどうかという問題だ。

これまでのゾンビの行動は、腐った脳にわずかに残った生前の記憶によるものだと解釈されてきたし、それが怖さでもあった。
たとえば『ゾンビ』の終盤、ゾンビになったもと仲間が、そのぼんやりした記憶をたよりに、隠れ家への隠し通路を暴き出してしまう場面を思い出してもらいたい。
あれは、意志を持たずに行なう行動だったからこそ怖かったんだと思う。

それに対して『死霊のえじき』(DAY OF THE DEAD)に登場したバブは、学習するゾンビであった。拳銃を使いこなし、原始的だが感情もあった彼は、『ランド』でのビッグ・ダディとほぼ同じ存在だったといえるだろう。

次回作があるのなら、ゾンビはさらにワンステップ進化を見せてくれるんじゃないかと思うが、さてここで棚上げされていた例の問題だ。
死んだ人間がゾンビになって蘇り、それが感情や意志を持った場合、それはもとの人間と同じものなのか。

同じ人格(魂といってもいいが)だと考えるなら、それは
「魂は永遠に死ななくなる」
ということだし、違う人格なのであれば
「魂は滅び、死体が新しい生命体になる」
ということだ。
どちらと捉えるかによって、物語の質も内容も大きく変わってくるはずだが、ロメロがどう考えているのか、その手がかりは今のところない。
なぜなら、たぶん故意にだと思うが、バブにしろビッグ・ダディにしろ、生前の姿はまったく描かれていないからだ。

こうなったらロメロにはぜひ続編を作ってもらって、人類とゾンビがどのような道を進んでいくのかを、我々に見せつけてもらいたい。






【2006.01.18 Wednesday 19:20】 author : 猫パンチ | 映画 ラ行 | comments(10) | trackbacks(3) |

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